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ユーレカの日々[07] 不自由さの中から生まれる進化

ユーレカの日々「不自由さの中から生まれる進化」まつむらまきお

メビウスというフランスのマンガ家がいる。日本の大友克洋や寺田克也に影響を与えた作家であり、エイリアンやTRONといった80年代SF映画のコンセプトデザインを手がけ、今日のSFファンタジーのビジュアルの基礎を築いた人である。

フランスのマンガは大人向きで、大判フルカラー。キャラクターの感情表現に重きを置く日本のマンガと違い、絵と物語をゆっくりと楽しむスタイル。僕が大学で教えているのはイラストレーションを学ぶ学生だが、日本のマンガスタイル以外のものにも興味を持ってもらうために、毎年、メビウスはじめ、いくつかのフランスマンガを紹介している。


この人の代表作に「アルザック」という作品がある。

1975年に発表された、8ページ×4編からなるマンガだが、この作品は宮崎駿の「風の谷のナウシカ」(マンガの開始は1982年)に影響を与えたことで も知られている。そこで授業では、まずアルザックのマンガを見せ、それからナウシカの冒頭、王蟲をナウシカが止めるシーンを上映する。

アルザックというオッサンが翼竜にのり、砂漠を飛ぶというビジュアルは、メーヴェを駆るナウシカそのものだ。コスチュームもそっくりであれば、腰を上げて 立ち乗りし、低空飛行する様子、そこから飛び降りるアクション、巨大な怪物を安々と煙に巻く様子など、あのナウシカの印象的なビジュアルは、ナウシカより も7年前に発表されたこのフランスのマンガに描かれている。

これを授業で学生に紹介すると、学生たちはびっくりし、おもしろがりながらも、戸惑いをみせる。
「なぜ、これがOKなのか?」疑問らしい。「これはパクリではないのか?」というわけだ。

実はナウシカに影響を与えたのは、アルザックだけではない。蟲と交流するナウシカは、堤中納言物語の「虫愛ずる姫」から来ているし、巨大な虫との共生関係、小国の王子(姫)が国を出て救世主になるといえば、フランク・ハーバートの「デューン砂の惑星」まんまである。

学生たちは真似をする、パクるのがキライなわけではない。二次創作と呼ばれる、既存のマンガやアニメのキャラクターを使ったマンガをコミケで買ったり売っ たり、コスプレすることには抵抗はない。しかし、どうもそういうモノは趣味やアンダーグラウンドで、宮崎アニメのような大メジャーではあってはならない、 と思っていたようだ。

もともと、真似ることは文化の本質だ。ミームという言葉で説明されることもあるが、生物の進化同様、真似ることで、より優れた物を生み出す。これは自然の摂理の一つだ。
また、「学ぶ」という言葉の語源は「真似る」という説がある。昔から弟子は師匠を真似て、仕事を覚えていく。その意味は後回しで、まずは真似ることからスタートする。
影響を受けることはもちろん、真似をする、似ていることは避けることはできない。

しかし、この「真似る」という、文化や文明の原理をややこしくしているのが、著作権という概念だ。

その昔、複製技術が発達する以前は、モノとアイデア、表現は不可分だった。画家は人に真似できないようなテクニックを磨き、その技法を門外不出とした。現代では料理のレシピがそれに当たるだろう。

ところが、印刷技術を皮切りに、複製技術がどんどん発達し、ここ20年のデジタルの時代になると、オリジナルと同じ物がだれでも簡単に複製、再利用できるようになってきた。
映画や本をコピーすれば、オリジナルと同等の物が簡単に複製できる。紙やフィルムという物理的な制限がデジタルとなり、複製にかかるコストは限りなくゼロに近づいてきた。そうなると登場するのが海賊版だ。

商売として販売されているものの複製を販売するのはもちろん違法だ。そんなことをされたら、商売が成り立たなくなる。僕自身、本を出したりする立場だから、それはよくわかる。
コピーが簡単になった時代、権利者がコピーされることに敏感になるのは理解できる。

しかし、それと、創作物が他の作品の影響を受けるというのは全く別の話のはずだ。

たとえば、アニメやマンガに登場するテレビや映画で、「元のキャラクターとは微妙に違う」物で表現する場合がある。クレヨンしんちゃんの劇中に登場する、 アクション仮面がそうだ。仮面ライダーではなく、アクション仮面、ガンダムではなくカンタムロボ。僕が子どもの頃は、世の中はおおらかだった。ああいった 「ちょっともじったキャラ」を見るたび、なんとも無駄でやるせない気持ちになる。

なぜそんなことをしなくてはいけないのか?仮面ライダーでいいじゃないか。だれも損なんかしないじゃないか。しかし実際には「権利関係」というやつをクリ アしようとすると、とてつもなく大変な労力を強いられるらしい。僕も以前、ペイントソフトの記事の作例として、ガンダムに登場する「ザク」を描いたものを 載せていいか、と聞いてみたことがあるが、即座に「NG」と言われてしまった。

クレヨンしんちゃんが劇中で仮面ライダーを見てようが、ペイントソフトの作例がザクだろうが、一体だれが損をするのだろう?身の回りにあるものを、そのま ま描くことさえ出来ない、というのはどう考えてもおかしい。イラストやマンガの中で主人公がミッキーやリラックマのぬいぐるみを持っている、という表現が できないのは、とても不自然だ。

実際、そいういった行為は法律で禁止されているわけではないが、かといって、許可されているわけではない。十分引用の範疇で許可されてもいいと思うのだが、実際にはクレームがつく場合もあり、出版社や創作者も慎重にならざるをえないというのが実情だろう。

権利者側の考えもわかる。もし、僕自身が権利者で、だれかから許可を求められた場合、多少の引用であっても簡単に「いいですよ」と許可できるかというと、なかなかそうはいかない。

まず、そのキャラクターのイメージを損なわれるのではないかという心配。ポルノや暴力的な場面に自分の著作物を使われるのは勘弁してほしい。自分のキャラ クターの知名度を利用して、売名行為を行うのも勘弁だ。その案件では大丈夫そうであっても、ひとつ許可を出すと次々とそういう判断をしなくてはならなくな る。だから「遠慮いただこう」ということになってしまう。結果、日常で見かける、ごく普通の光景を描いて発表することすらままならない、というめんどくさ いことになる。

しかし、なんでもかんでも禁止していては折角の広報チャンスを逃す、ということで、最近は「二次創作ガイドライン」というのを設けるコンテンツが現れた。
初音ミクを皮切りに、アニメやゲーム系作品では、二次創作のルールを予め提示し、ファン活動に限って、どんどん露出していただこう、という考え方だ。海外 ではスターウォーズがファン活動に対して寛容であることが知られている。マイクロソフトも広報キャンペーンとして行なっている。

http://msdn.microsoft.com/ja-jp/hh298798

たしかにこれは、表現の自由度が増して、いいことのように思える。

しかし、本当にそうなのか?ちょっと見方を変えてみよう。

アクション仮面というキャラクターは、もともとは仮面ライダーのパチもんだったのが、今ではすっかり有名になった。
先に紹介したナウシカも、発想の発端はメビウスや他の作品からの拝借だが、すっかりオリジナルのキャラクター、コンテンツになっている。
そうなのだ。どちらも、著作権に抵触しないように工夫した結果、新しいコンテンツとなっているのだ。

二次創作ガイドラインのように、真似が自由になると、ファンとしてはとても楽しい。後ろめたい気分になることもなく、堂々と真似することができる。表層的にはとても活発な文化活動のように見える。
しかし、その中から、ナウシカのような新しいコンテンツは生まれない。

たとえば、ガンダムという作品を見てみよう。最初のガンダムから30年。数々の続編が作られてきた。いわば、純正の二次創作だ。版権者だから、自由に引用ができる。
しかし、後から作られたガンダムよりも、ガンダムがやりたいのにやれなかった、必死で工夫して出来上がったエヴァンゲリオンやマクロスの方がずっと面白 い。同じSFアニメというジャンルを押し広げていったのは、正統なる続編よりも、他者が必死で工夫した物の方に思える。生物の進化で言えば、自然と闘い、 自らを変化させ、新しい血をためらわず取り込み、適応したものだけが勝ち取ることができる繁栄。
引用、真似に対して厳しい世界は、表現において窮屈な気がする。しかし、それがゆるくなったところで、続編とリメイクと二次創作しかない世界になるだけじゃないのか。それは勘弁して欲しい。

制限というのは本当に表現を萎縮させるのか?
もちろん、ナチスのように独裁者が反対意見を潰すような行為は許されない。しかし、それと著作権や社会道徳的な制限とは、根本的に違う問題。
制限の中で真似をし、コピーにならないように工夫をすること。だから新しいものが生まれる。

表現の自由やら、真似やら、違法コピーやら。著作権というのはややこしい。めんどくさい。
しかし、そのめんどくささは、文化にとって荒地ではなく、実は肥沃な大地なのだ。初出:【日刊デジタルクリエイターズ】 No.3173    2011/12/14

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