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ユーレカの日々[25]「アバターの時代」

先日、心斎橋に出かけた時のことだ。用を済ませ地下の駐車場からクルマを出す時、不思議な事が起きた。ゲート前で一時停止しようとしたら勝手に遮断機が開いたのだ。

クルマを利用しない人のために説明すると、無人駐車場の出口には精算機と遮断機があり、チケットを入れて精算すると遮断機が開く仕組みだ。ところが今回は、チケットを入れるどころか、遮断機の前で一時停止する前に、ゲートが勝手に開いたのだ。

そういえば以前、他の大型商業施設の駐車場でも同じことが起きたことがある。その時は夕方の出庫が混雑している時だったので、出庫を促すためにゲートを開放しているのかな、と思った。商業施設の駐車場だからほとんどの客は買物特典の無料駐車サービスを利用する。だから混んでいる時には出口を開放してしまえ、という判断もあるのだろう。

しかし今回の心斎橋では、特に混雑している時間でもなかった。なぜ勝手にゲートが開いたのだろう?

●オープンセサミ!

高速道路の無線決済システム「ETC」なら、クルマを止めずにゲートが開く。しかしあれは、わざわざそのための通信機をクルマに搭載しなくてはならない。駐車券にICタグでも埋め込まれているのか?まだまだコストがかかるそんなものを駐車場のシステムに使っているのだろうか?

家に帰ってから、手元に残った駐車券をなんとなく見ていて、あることに気がついた。見覚えのある番号が駐車券に刻印されているのだ。それが何の番号なのか、それが何を意味するのか、数秒かかった。次の瞬間、全ての謎が解けた。

駐車券には、自分のクルマのナンバーが刻印されていたのだ。

つまりこういう仕組みだ(以下、私の推理である)。

駐車場に入場する際、クルマのナンバーがスキャンされ、駐車券に記録される。

最近の大型駐車場では、「事前精算機」というものが歩行者用の出入口に設置されている。ゲートの前で、クルマの運転席から手を伸ばして精算をするのはとても煩わしいので、クルマに乗り込む前に精算し、ゲートでは精算済駐車券を入れるだけでスムーズに出庫できるというものだ。

今回もこの事前精算機を利用したのだが、この事前精算機で精算した時点で、「駐車場の管理システム」は、駐車券に記録されていたナンバーのクルマの精算が終わったことを「知る」。出庫ゲートでは再びクルマのナンバープレートがスキャンされ、精算済のクルマであることが確認されるとゲートがするすると開く。ナンバープレートが「開けゴマ」の呪文だったわけだ。

おかげでドライバーは身を乗り出して駐車券を投入する必要がない、というわけだ。

調べてみるとメーカーのサイトがあった。僕が推測した通りのシステムだ。

三菱プレシジョン株式会社 車番認識システム

http://www.mpcnet.co.jp/product/parking/system/lisencenumber.html

システム紹介ムービー

http://www.mpcnet.co.jp/product/parking/movie.html

従来からの事前精算に加えて、ゲートの自動開閉によって出庫渋滞をより緩和できるのがメリットということだ。さらに月極契約への対応や、企業の駐車場での利用が提案されている。

いいなぁこれ。うちのマンションにも欲しくなる。

●精度の問題

よくできてるなぁと感心したが、別の疑問が生まれる。駐車場は地下で薄暗い空間だ。入庫時は一時停止するからナンバーを確実に読み取ることが出来そうだが、出庫時は一時停止する前にゲートが開いた。また、読み取りを行うのは入庫と出庫の二回とも、同じ読み取り結果にならなければならない。薄暗い場所でしかも動いているクルマの番号をそんなに正確に読み取れるものなのだろうか?

クルマのナンバーは「地域名」「数字」「かな」の3種類の文字で構成されている。「大阪500-あ-1234」といった具合だ

「数字」は書体も決まっているので認識精度は高そうだ。「6」「9」「8」も判別しやすい明確なデザインだ。

「地域名」は漢字なので読み取りにくそうだが、ここに使われる地域名は100件程度しかないので精度が上げられそうだ。しかし「島根」と「鳥取」など、誤認識しそうなものもある。

「かな」はどうだろう。「ぬ」と「め」、「わ」と「ね」など、人間でも間違えそうな文字が含まれる。

しばらく考えてみて気がついた。

そうか、このシステムでは、読み取り精度が低くても大丈夫なのだ。

かなや地名を誤認識したとしよう。どういうことが起きるのか。誤認識しているので精算済と判断されず出庫ゲートが開かないが、もともとゲートには精算機がある。ドライバーは何も気が付かず駐車券を精算機に投入し、駐車券の磁気記録から事前精算されていることが確認されゲートが開く。

では逆に、「たまたま精算済の他のクルマ」の番号と誤認識してしまうことはないのか?

こちらも心配ない。現在日本国内で登録されている車両は約8千万台。同じ時間に同じ駐車場で似通った番号のクルマが存在する確率はほとんどないだろう。

ではナンバーの偽造は?精算済のナンバープレートを偽造すれば駐車場を出ることができる。

これも大丈夫。精算を済ませて出庫するまでの時間は長くても10分程度。その間に精算を済ませているクルマを特定し、ナンバーを偽造するのは現実的ではない。

とすれば、正確にナンバーを認識する必要はない。ナンバー全体の8割程度が合致すればそのクルマと見なして、問題はおきないはずだ。

一時利用でなく、月極や企業の社員用駐車場などではどうだろうか。

誤認識でゲートが閉じたままならクルマは一時停止する。停止していればナンバーの読み取りの精度は上げられる。

月極契約なら駐車スペースが固定なので、違法駐車はすぐにバレる。企業利用の場合は社員証を併用したり有人の守衛室前を通すことでセキュリティ的にも対処できそうだ。

うーん、考えれば考えるほど、このシステム隙がない。実によくできている。唯一欠点があるとすれば、僕のように「なんで開いたんだろう??」とドライバーが不思議に思うことくらいだろう。

●情報の心配

ここで心配になってくるのがいわゆる「個人情報」だ。利用者が知らない間に、ナンバープレートが読み取られているのだからちょっと心配になる。ひょっとしたら明記されていたのかもしれないが、入庫時に「ナンバープレートを読み取ります。データは出庫時に破棄されます」など説明があると安心できるのだが。

ナンバープレートの撮影・読み取りは1980年頃から実用化されている。高速道路などに設置されている、速度違反取締の「オービス」、車両監視のための「Nシステム」がそれだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/自動車ナンバー自動読取装置

当然これらの装置は警察が管理しているわけだが、Wikiによると過去、このシステムのログがwinnyで流出する、という事件が起きている。

先の駐車場のシステムが車両番号の記録を残しているのかどうかはわからない。運営側とすればそんな扱いに困るデータはさっさと捨てたいだろうが、犯罪捜査のために警察が欲しがる、ということもあるかもしれない。

●顔だって認識されている

駐車場がクルマを認識してくれるように、人間の顔を認識させる試みもあちこちで見られる。身近なところではパソコンの写真管理ソフト。iPhotoやPicasaでは顔を認識して分類してくれる機能がある。今年買ったカメラにも個人の顔を認識する機能がついている。事前に特定の人物の顔を登録しておけば、ピントあわせなどが優先される。

顔認識が進めば、駐車場と同じことがもっと身近に起きてくるだろう。鉄道の改札や、店での支払いなども顔パスになるかもしれない。実際、大阪のユニバーサルスタジオジャパンでは、年間パス利用者の認証に顔認識を導入している。

http://jpn.nec.com/ad/onlinetv/business/facialrecog_h.html

また、入出国管理にも導入しようという動きがあるらしい。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG27020_X20C13A7CR8000/

この記事によると、実証実験の結果17%の誤認識とある。この精度では入国手続きでは使えないので見送られたとあるが、先の駐車場のような限定された場所、たとえば企業などで、顔、体重、身長など複数の要素を組み合わせれば充分実用になるんじゃないだろうか。

●個人特定がたやすい時代

お店で店員が顔を憶えてくれていたり、好みを覚えていてくれたりするとうれしい。機械が賢く個人を認識してくれるのはありがたいことだ。しかし問題は、個人情報の取り扱い。

本名や住所、クルマのナンバー。それぞれが単独のうちは何の害もない、これらの情報の関連が明らかになると色々と厄介なことが起きる。

もし、駐車履歴のデータが流出すれば、行きつけの店や行動が特定できてしまうかもしれない。僕のような一般人の駐車履歴などだれも欲しがらないだろうが、有名人や社会的な地位のある人のクルマであれば、「街で見かけた」だけでクルマのナンバーと個人名がヒモ付けされてしまう。

以前ネットで見かけた話題で、「コンビニのレシートに担当者名があったので興味本位でググってみたらFacebookで本人が特定できてしまった」という話があった。レシートでなくても、店員が名札をつけているケースは多い。学校、行動パターンなどが読み取れれば、ストーカー行為も可能だなぁと怖くなった覚えがある。

●住所を隠す方法

個人情報で最もやっかいなのは住所だろう。郵便や荷物を受取るためには人に教える必要があり、同時に不特定多数に知られたくない。もし知られたくない相手に住所を知られると最悪だ。そう簡単に引っ越すことはできない。「最もプライベートな情報」なのに「他人に伝えなくてはならない」という相反する性質を持っている。

ヤフオクでは相手に住所を知らせず、荷物を受け取る「メルアド宅配便」というサービスがある。

http://www.mailaddbin.com

荷物とともに、送る相手のメールアドレスを伝えれば業者がそのアドレスで住所を受取人に尋ねるというもの。時間がかかるのが難点だが、なかなかよくできた仕組みだ。

ならば、これをもっと便利かつ一般化する方法はないだろうか。大企業などでは、住所を書かなくても郵便番号だけで郵便が届く。大口受取人には個別の番号が発行されるからだ。これを大企業だけでなく、一般家庭全戸にも拡大してみたらどうだろう?それなら実際の住所を公表する必要がなくなる。

郵便物や宅配の送り状には、この郵便番号のみを記載する。配達業者は番号を読み取り、配送を行う。番号と住所のヒモ付けは事業者が管理する。配達人はグーグル・グラスのようなウェアブルPCを使い、荷物の郵便番号から実住所を読み取ればいい。

実住所は「訪ねてきて欲しい人」にだけ教える。もし公開したくない郵便番号が漏れても、メアドのように変更することができる。なかなか便利そうじゃないか。

●本名はどうか

住所の次にやっかいなのが本名だ。住所は引っ越せば変えることができるが、本名こそ基本的に変更できない。だから個人情報のキーデータとなるわけだが、これも住所と同じく、個人情報の要でありながら、日常的に人に伝えなくては機能しないという矛盾を抱えている。

実際、美術大学で教えていると、学生の作品を発表させるのに実名を出すかどうか迷う。卒業制作展などでは本名で展示するのが普通だが、WEBや印刷物になると個人が確定される可能性が高くなる。

なので、ぼくのゼミで発行するゼミ誌(マンガ本)では、ペンネームの使用をOKとしているのだが、これがややこしい。学内では本名を使っているので、ペンネームと本名のダブルネームとなってしまう。ならばいっそ、大学入学時に全員、ペンネームを申請させて、出席も成績もすべて、そのペンネームを使えばシンプルだ(実際にはできていないが)。これを世界中でやれば、個人情報の安全性は増すはず。

ペンネームが個人情報の保護に有効なら、人類全員が本名とは異なるニックネーム、「通称」を自分で決めて名乗ればいいのではないか。実際、旧姓を「通称」として社内で使ったり、外国人が「通名」を使うケースも多い。作家は出版社や作家仲間からもペンネームで呼ばれるが、なにも困らない。

「通称」と「本名」を分けることで、個人情報のキーデータである「本名」にワンクッション置くことができる。本名と通名のヒモ付けは、本人確認が必要なところでだけ行えばいい。様々なサービスがgoogleやTwitterのIDで認証されるのと同じ。企業、学校、自治体が発行する証明で本名を明かさずに本人確認も可能だ。本名をそう簡単には明かさないものにしてしまえば個人情報の安全性は高まる。

さらに「通称」はコミュニティごとで使い分けることもできる。会社では「田中一郎」と呼ばれるが、サークルでは「ジェームズ鈴木」で通す。家庭では「翼」と呼ばれるが、本名は「権左衛門」だったりする。ネットのサービスごとで決めるハンドルネームやニックネームと同じだ。

わざわざ名前を変えたい人はいくらでもいるだろう。中学時代にいじめられていた人、前の会社で失敗した人、芸能界を引退した人、ネットで晒し者にされた人…

昔は、成人したら名前を変えることが行われていたし、芸人や職人は「襲名」することで名前が変わる。仏教では人が亡くなった時「戒名」を与えるが、これは生前名乗っていたのは仮の名で、戒名が本当の名(諱ーいみな)であるという考え方に基いている。

そう考えると、時と場所によって名前を使い分ける方が、本来なのかもしれない。

●顔も変えるか?

ここまで来たら、顔も変えないわけにはいかないだろう。

先に書いたように、顔認識が普及してくるとなると、本名や住所同様、顔もそう簡単に公に晒すわけにはいかなくなってくる。もし、顔認識の履歴情報が漏れたらスナップ写真からでも、それがだれで、どこに住んでいるのかさえわかってしまう。

いずれ、家から出かける時には変装をするのが普通になるかもしれない。会社向けの顔、ご近所向けの顔。コミュニティにあわせて顔を作る。そう、ネットのコミュニティで「アバター」を使うようなものだ。素顔を晒すのは自宅だけ。いや、結婚相手にも本名や素顔を明かさない、という人も出てくるかもしれない。

荒唐無稽な話に思えるが、女性であれば多少は日常的に行っていることだ。ありえない話ではないだろう。

●アバターの時代

本名と住所を隠し、メアドとハンドルネームとアバターでコミュニケーションする。現在ネット上で行われているこの習慣を、リアル世界でも行う時代がやってくるのかもしれない。それは「アバター(化身)の時代」だ。

個人情報の集約は今までは映画「THX1138」や「未来世紀ブラジル」のような権力による管理社会として懸念されていたけれど、それ以前に、個人と個人の関係を大きく変えてしまいそうだ。情報にアクセスすることが簡単になった結果、人間は「本当の自分を隠して暮らす」必要が出てきているのか。そんな時代になった時、人はいったいだれに、本名や素顔をさらすのだろう?自分を隠しながら何をコミュニケーションするのだろう?

そして複数ある自分の、どれが本当の自分なのか、どうすれば確信が持てるのだろう?

 

初出:【日刊デジタルクリエイターズ】 No.3538    2013/09/04

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