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ユーレカの日々[23]「バベルの塔」まつむらまきお

リニア中央新幹線の新型車両のお披露目がニュースになっていた。実際の営業車両の原型となるL0型というもの。5両連結での実験が始まるということらしい。

リニアモーターカーといえば、僕が子どもの頃、雑誌のグラビアページで何度も何度も「未来の鉄道」として紹介されていた。60年代〜70年初頭、アポロ計画や大阪万博などの時代。世の中は未来を夢見ていた。子ども向けの雑誌のグラビアでは、ウルトラマンの怪獣などと並び、宇宙旅行と未来の生活が定番の企画だった。

チューブの中を走るモノレール、地下を走る弾丸列車、原子力鉄道など、当時の様々な鉄道の構想が鮮烈なイラストレーションで紹介されていた。その中でも「リニアモーターカー」は一番人気があった。それは旧国鉄が独自に開発しているという身近さと、原理の分かりやすさだった。

●夢の乗り物リニアモーターカー

リニアモーターは車体とレールに磁石を直線状(リニア)に配置し、NS極を連続的に入れ替えることで磁力によって進む。通常のモーターを魚のようにさばいて開きにし、並べたイメージだ。

中央新幹線のような高速鉄道のリニアは、この駆動方法に加えて車体をやはり磁力の反発力で地面からちょっとだけ浮かび上がらせる。これにより、摩擦抵抗がない状態ですべるように直進する。コイルと磁石による、シンプルな原理は、小学生でも理解できる説得力があり、60年生まれの男子の脳裏には「大切な言葉」としてしっかりと刻み込まれることになった。

リニアモーターによる鉄道というのは実はもう実用化されていて、大阪の長堀鶴見緑地線と今里線、東京の大江戸線など全国にリニアモーター駆動の地下鉄がある。ただし、これらの地下鉄は空中浮遊はしておらず、車輪で走る。リニアモーターは、通常の円筒型モーターとくらべて平べったくできるので、小型の地下鉄に都合がいいらしい。長堀鶴見緑地線が開通した時、ワクワクしながら乗りに行った。普通よりちょっと小さい、何の変哲もない地下鉄に乗りながらも、ああ、リニアに乗ってるんだなぁと意味不明の感慨にふけったものだ。

さらに、浮遊式も実用運行されている。名古屋の愛知高速交通東部丘陵線。愛知万博の時に建設され、今も運行しているが「超高速」ではなく時速100km。見た目はモノレールのようだ。

 

●完成まで65年!

さて、このリニア中央新幹線。ようやく着工が見えてきた、ということなのだが、現在の計画では、14年後の2017年に東京〜名古屋、32年後の2045年に大阪まで伸長ということらしい。

この計画は1962年に始まった。今年で実に51年。本当に17年に開通するとして、実用化まで実に65年!かかることになる。

子どものころ、未来を本気で夢見てきた自分としては、何度も何度もお預けを喰らった犬のような気分だ。サラリーマンは、だいたい40年くらい働く。60年というプロジェクトだと、だれも最初から最後までそれに携わっている人間が居ない、ということだ。はたして世の中にそのような仕事というのはどれくらい存在するのだろう。

家人は「まるで大聖堂の建設のようだ」と言った。

なるほど、ノートルダム大聖堂は、1163年に着工し、最終的に1345年に今の形が完成した。約180年かかっている。現在とは土木建築技術のレベルが違うとはいえ、なんとも長い。バルセロナのサグラダファミリアは1882年に着工。「個人の寄付で行う」ということから、300年かかると言われていたが、スペインの経済成長などにより工事が加速、2026年に完成するらしい。それでも約140年ということになる。

大聖堂など、昔の西洋の建築は寿命が長い。いや、寿命が長いというより、もともと「永久に残す」という前提で建てられている。だから100年以上かけて建設したりする。

ちょっと話がそれるが、最近、赤坂プリンスホテルの解体が話題になっていた。最上階からちょっとづつ解体していくという、解体方法が話題だったのだが、ぼく自身は、その建物の寿命にショックを受けた。1983年に建った建築物が、たったの30年で解体されちゃったわけだ。

しかし考えてみれば、日本の建物は最初から「寿命がある」前提。伊勢神宮は20年たったら、すぐ横に新しい建物を建てて引っ越す。20年ごとにまっさらにする「遷宮」というやりかたで、西暦690年から1300年も続けているという。出雲大社も60年〜70年で建て替える。

そう考えると、赤坂プリンスに代表される現在の高層建築は、教会のような「未来永劫残すため」ではなく、「30年くらいで建て替える」とても日本的な考えなのかもしれない。

 

●東海道新幹線は6年でできた!?

さてリニアに戻ろう。65年の大プロジェクトだが、ふと気になったのが、現行の新幹線。これは戦後、作られたものだ。こちらも実用まで何十年もかかったのだろうか?

東海道新幹線は1964年に開業。それまで6時間半かかっていた東京ー大阪間を最高時速200km、4時間(開業当初。現在は最適化が進み2時間半にまで短縮)で結んだ。

その計画が承認されたのが1958年、1964年に東京ー大阪間で開通している。なんとたったの6年だ!

新幹線の技術は、世界各国で研究が進められていた様々な高速鉄道の技術開発がベースになっている。1930年台、欧米ではすでに蒸気機関車で時速150〜180kmの営業運転が行われていたという。だからリニアのような、まったく新しい技術、というわけではなく、既存の技術の改良ということになる。しかし、いくらなんでも6年で開業というのは、新幹線といえども早すぎる。

よくよく調べてみたら、東海道新幹線の計画は戦前である1939年にはじまった「弾丸列車計画」というのが元になっているようだ。この計画は戦況の悪化により中断するが、戦前〜戦中の国家プロジェクトだったため、土地買収がすでに相当進んでいたという。また、トンネル工事もこの時点ですでに着工していたものがあり、この計画で確保されていた土地や工事区間が新幹線のルートに転用されたらしい。戦争での中断を差っ引いても、実質10年ちょっとくらいか。早い。

当時は都市部であってもまだまだ規模が小さく、また「大地主」の時代であっただろうから、土地の買収も今よりはずっと楽だったのだろう。なにより全体主義の時代だ。「国の発展のために、土地を提供するのは当然」ということで半ば強制的に進められ、それゆえに短い期間でできたわけだ。

ドイツのアウトバーンが、ナチスが作ったというのは有名な話だが、普段利用している新幹線が大日本帝国の遺産だったとは恥ずかしながら知らなかった。

そう考えれば、リニアが10年くらいでできちゃう世の中は、戦時下か全体主義か、ということか。博覧会などで「未来の乗り物」としてリニアが出展されるたびに、まだかー、まだかー、と思い続けて早50年だが、そう考えると、50年もかかっていることは「まぁまぁ平和だった証拠」という気もしてくる。

 

●時間がかかるのは平和な証拠?

そういえば、一昨年からすっかり世の中は地デジになり、HD画質となった。今度は「4K」だそうだが、このHD放送というのも実用まで長かった。

HD放送の前身、ハイビジョンは東京オリンピック直後から研究が始まり、89年には実験放送(衛星)が始まる。

途中、アナログからデジタルに方式が変わったり、色々あって、アナログが停波し、地デジに変わったのが昨年。この間やっぱり50年ほどかかっていることになる。

もっとも、デジタルだけに限れば、地デジ化が決まったのが98年だから、14年ほどで完了したことになる。

もうひとつ、最近話題になっていた研究開発期間が長い案件があった。高速増殖炉「もんじゅ」。1968年から開発がはじまり、85年に着工、95年に発電開始後すぐに事故。その後も事故続きで、今年、無期限の運転停止。45年間やっても結局実用化されない状態。やれやれ。

原子力発電は1951年にはじめて作られた。このベースになっている原子核分裂の発見が1939年。原理の確立からたった12年で実用に至っている。これも戦時下での開発(原子力爆弾や原子力潜水艦)があったから、これだけの期間で実用化されたのかもしれない。もちろん、リニアももんじゅも、最初は40年以上もかかるとは思っていなかったのだろうが。

 

●そもそも移動は本当に必要か

リニアの研究開発から開業まで65年。65年もあれば、当然いろんな事情は変わってくる。新幹線やリニアの計画当初は、国鉄の「空路、自動車」の普及に対する危機感があったという。実際、物流の主流は鉄路からトラックにとっくの昔に変わった。航空機も運賃が安価になり、今や「新幹線より安い」のが当たり前になりつつある。

それどころか、よく考えてみれば「移動しなくてはならない機会」そのものが50年前よりもずっと減っているはずだ。

書類などの情報はデータ化され、メールなりクラウドなりで瞬時に共有化される。ビデオチャットで遠隔地との打ち合わせや会議を行う。携帯電話とメールのおかげで、「時間を決めてその場で打ち合わせ」するより、いつでもどこでも、必要なときに情報をやり取りするのが当たり前←イマココ

そしてこれから先の14年。戦争ですら、遠隔操作の「ドローン」が行おうかというような時代だ。リニアが開通する頃には映画の「電送人間」や「ハエ男の恐怖」のように、人間を分子レベルまで分解し、遠隔地で再構成する「人間電送技術」が出来ないとは限らない。そこまでSFでなくても、本やフィギアなどが3Dスキャナと3Dプリンタ技術によって、遠隔地から即座に「転送」されてくるくらいは実用化されているだろう。

もちろん物流や移動がなくなることはないだろうが、「その場に行く、運ぶ」ということの重要性は随分と変わってきたのだ。

 

●はたして採算はとれるのか

東日本大震災で、「幹線交通のバックアップが無いのはヤバイ」ということになって、中央新幹線の早期開業が検討されているとも聞くが、正直言って「リニア」である必要がどれほどあるのかはよくわからない。システムのバックアップという意味なら、普通に今の新幹線の別ルートの方が安価で早く実現できたんじゃないかと思う。国レベルで考えれば東京一極集中をなんとかした方がいいんじゃないかと思う。

そもそも50年もの開発期間をかけて、はたして採算が採れるのか。リニアの実際の工事費(東京ー大阪で8.4兆円)はJR東海が自己資金で賄うらしいが、うまくいかなくて会社が傾けば、そのツケは国民に廻ってくることになるだろう。

空路はたしかにお客を相当奪われそうだが、じゃあそれでいいのかというと、今度は航空業界のダメージが大きい。数年前に日本航空は経営破綻した。この時のツケは、直接的であれ間接的であれ、国民に廻ってきている。リニアのお陰で航空業界が傾くのも困る。

そもそもJRの前身である国鉄も大変な負債で分割民営化された。巨額の債務は清算事業団を経て、結局は国民負担となり、今もまだ債務処理は完了していないそうだ。海外へリニア技術が売れれば費用の回収ができるということらしいが、これはこれでフランスのTGVなど、ライバルも存在している。

 

●バベルの塔

50年も昔に僕の脳に刷り込まれたリニアという夢。できれば完成を見てみたいし、乗ってみたいとも思う。しかし、リニアに限らず50年以上かかる巨大プロジェクト、というのはもう、今の時代にそぐわないとしか思えない。

もちろん、鉄道や輸送、経済の専門家ではないので、専門家に言わせれば60年かけても大丈夫な理由があるのかもしれないが、こういう巨大プロジェクトは色々と不安になってくる。まさか「当初の予定が色々こじれにこじれてしまったが、今さら止めるというわけにもいかないから」なんて理由でないことを祈りたい。

民主主義の世界、資産が分散してしまった世界で、巨大なプロジェクトはとても時間がかかる。そして技術の進歩と社会の変化が早いこの時代、そのかけた時間の価値は回収がとてもむずかしい。

巨大プロジェクトというのは、もはや全体主義や戦時下の遺物なのか。そういえばスペースシャトルは引退したが、それを引き継ぐ手段はロシアのロケットに依存している。これもまた、全体主義時代の遺産だ。

だからといって、人間は壮大な「バベルの塔」を夢に描くのをやめないと思う。宇宙へのエレベーター。巨大なエネルギー。壮大な都市。必要性を超えた、何か「創造」という、呪いのような衝動。人間というのはそういう生き物なのだろう。

複雑化した現在の社会では、そういった巨大プロジェクトをどう実現すればよいのか。Kickstarterのような、新しい出資システム。オープンソースのような集合知。Virginの宇宙計画のような巨大資本…

期間とコストのリスクをどうやって回避するのか。全体主義に走らずどうすれば皆が納得できるのか。

その方法を見つける事が、21世紀に必要な「巨大プロジェクト」なのかもしれない。

 

初出:【日刊デジタルクリエイターズ】 No.3489    2013/06/05

 

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